今日は待ちに待ったクリスマス。きっと人それぞれの過ごし方があるとは思うんですが、私は今日という日をもちろんその辺にいるカップルと同じように、キャップを投げて参りましたよ! 今年も残すところ私、代表で最後のブログ。せっかくの機会だから写真を交えながらこの横国キャップ野球チーム Sounds on Beachの一年間の流れをゆる〜く書いていこうと思いまーす(執筆始めは12/15クリスマスの予定はキャップと決めてました…) 役に立つかは分かりませんが、来年チームを作ろうと思ってる今高校三年生のキャッパーや、4月になって読み始めてるあなたにも役に少しでも立てれればなと、成功失敗反省成果を交えながら書きます
2月 蓋祭で九回20奪三振と暴れ合格した私立大でチーム作ることを決断
この時の大会の動画を常におれは持ち歩いてたおかげで、キャップ野球知らない人にどんなものかを見せた結果入った人は多数いる。例えば一ノ瀬もこの動画をみて参加を決めてる。新しくチーム始める人は何か一つ良い動画を持ってればそれを餌に入る人は増えます。
3月 合格発表。私立は親に止められ横国へ(大正解だった)
新歓スタート まずTwitterで #春から横国 をつけながらキャップ野球チームを作ることを公言。そしてラインは同じ経営学部の人に経営学部のグループへ誘われそこで勧誘活動開始(一通り全員に声かけた) その結果Twitterはコーヘイから一番最初に声かけられ3月立川で一緒に練習。(アルパカさんとそらンジーナとコーヘイともう一人)
ラインの方は興味あるって言ってくれた人が複数人でき、横国キャップ野球チームのライングループを作成。3月の終わりで確か15人集めた。
4月 1日に勝手に新歓を開く。入学式前日に10人くらい集めて横浜のシェーキーズでご飯会。the 初期メン(10人ではなく7人でしたねw)
まさかこんなに早々から集まるとは思いませんでしたね。 ここでの裏話としては、俺が飲み物汲みに行ったときに話しかけてきた奴がいて(トモ)「俺も高校の時やってて大学でやりたかったんよねー!」と言われ「んじゃ、君副部長ね」と言ってしまった!?!?ww 「!?!?ww」は嘘です。なんだかんだ頑張ってくれてますのでね?やらかす事も多いですが、しっかり裏方業務をこなしてくれるので助かっております。任命して間違いではなかったのかなとこの8ヶ月で思います。 新しくチーム作ろうと思ってる方は副部長の任命はじっくり考えるか、一橋みたいにコロコロ変えられるようなスタンスのどちらかを取るのが良いかも。
そんなこんなで人数を多少集めて大学生活スタートと。 急務だった練習場所。最初は教育6号館の小さなスペースでやってましてね
バットもいかんせんないもんで2lペットボトルで最初の方はやってました。 また、この時期って新歓結構他のサークルもやってるから(ご飯食べに行く企画)とかそういうのに積極的に私は参加しましたね。 というのも、より多くの一年生に会うには新歓に行くことから始まるので、新刊に行ってはそこで自分のサークルの新歓をする。そんなこんなで4月の間に30人は超えた感じですね。
練習も外ばっかでしたが、中でもやりたいと思い、一橋に頼んで練習参加させてもらえました。それまで外でしかやってなかったみんなにとっては体育館での練習は画期的だったと言ってくれた覚えがあります。
なんなら一人暮らしの人はこの時一橋の方々にご飯割り引いてもらってます…覚えてるかな?w こんな事も来年僕たちはやらないといけないんですね… 確かエノケンもこの練習が初めてで、全然投げられなくて且つ彼はとても静かだからどう扱えばいいかよく解りませんでしたわさ。ちゃっかりとみしんもいますねw この時は交通費出してまでも東京に行きたいって人がいたから(地方出身者多数)国立というところへ連れて行くのだけでも冒険。「この電車はなんでいうんだ?」「どこまで行くんだ?」「直通とは?」と質問攻めされ、また電車の中の声も大きくカルチャーショックになりかけました、、、 盛りすぎではあるが、まぁ、言いたいことはわかるかな? 確か上の写真の時に初めてウィッフルバットを購入してそこから外の練習もこれでやるように。
こうみると今のところ副部長さん練習皆勤賞ですね!びっくりww
その後も何回か一橋の練習に行ったりしました。(なんと、対外試合1試合目の一橋戦はサヨナラ勝利してるんですよね。一橋もびっくり)
5月
大学内で新歓という新歓がなくなってきた。そんな中いつでも受け付けてた我らは会う度にキャップの話をしてメンバーを増やしていました。 なによりも固定練習曜日の水曜日3限がほぼ大体の学部開いていて多い時には15人も!人が集まっていた。この頃は凄かったな 写真が見つからないのでとりまこれをあげときます(5月の終わり頃の写真)
5月のゴールデーウィークは確か多摩川公園?かななんかで明治と一橋とうちとどこがが集まって試合をしたとか。なんでこんな伝聞かというと私自身松本に行ってたせいで知らないんですよね。副部長が何人か連れて試合した記憶があります。その時の試合が初めてキャップに触れた時だった人も(我らがデザイン係花岡と元祖豪腕浅田氏)この時の写真がないので割愛。 と思いきや!また副部長ファインプレー。きちんとノートに記録がありました!いやー、気が利くね!
意外と過去を振り返るのが楽しくなってきたw
そしてジーダブルー後半
練習会をはじめて横国で開きました。その時にきたワサビ…
彼のアンダースローが忘れられない…浮き上がってきてたもん。
アルパカさんもきてくれて、午後急遽雷が鳴って大雨になって近くのスポーツセンターへ練習場所を移したのも今となっては思い出の一つである。
写真を見ると一ノ瀬もいる!ここから一ノ瀬伝説も始まったんだなと。全てが懐かしい…
ジーダブルーが終わった後はついに世界初のキャップ野球リーグ。自分が始めた事もあって、初戦はお世話になった蓋団の一橋。出来立てながらライバル意識メラメラ。一勝することが目標でした。実際1勝1敗。この試合で一番印象に残ってるのは長瀬が本坊さんから特大ホームランを浴びたこと。7ヶ月前だなんて…そんな昔とは思えん。 幸先よくプラマイゼロでスタートできた。
その後うまく試合がこなせなくて、少し運営のピンチが訪れますが、まぁ、それは横国の問題ではなかったので別の機会で書かせてもらおう。
5月のイベントとしてもう一つあったのが、文化祭のソフトボール大会。初戦から優勝候補団体とぶつかり結果惨敗。なんなら相手のピッチャーは女子。その時に生まれた名言が「球はアルパカさんの方が早い。でもバットが重い」野球経験者で固めた上位打線も結局みんなキャップ野球に慣れ始めてたせいで、バットをまともに触れず惨敗。
6月 実はだいぶ暖かくなり、夜練という目を鍛える練習を行いました。横国のキャッパーが打てるようになったと思うのは、この夜練と共に、草だらけのフィールドで打球が転がらないからライナー以上のあたりを打つ打ち方を覚えたからだと思います。そして練習後のキャッパーディナーもかかさなかったことで練習に来た人たちの中ではとても仲が良くなりました。よるれんの写真をどぞ。
リーグ戦もようやく軌道に乗った頃、ある電話が私のラインの元へ。差出人は「わくや」 「わくや」誰だ?ラインを見るとまさかのわっきゃいさん!日頃からラインの通知はオフ。なんなら俺とラインで話すこととインド人を黙らせることが同等に難しいと言われてる中(言われてませんが、確かに私のラインは通じません…)でこのような大事な連絡まで受け取れず、生わっきゃいさんボイスを聞けなかった。 でもその後もラインをしてくださりその内容が、
チーム発足3ヶ月も経たないうちにこのような声がかかるなんてどれほど嬉しかったか。実際最低5人と言われていたところ、うちは12人くらい出たいって話になって人数を絞るしかありませんでした。結局10人を連れて行くも驚かれる始末に…この選考に関しては現監督山下と動画班班長兼会計の榎本と3日間にわたり計10時間電話して選んだモノでした。本当なら誰も外したくなかったが…
当日は緊急で作ったチームTシャツを着ながら、現場入りし、わっきゃいさんにユニフォームかっこいいねと褒められ、気分はウキウキでした。監督という立場であった俺とチーム2番目の実力の主山下と話し合った結果どのような組み合わせになるかも予想し 「きっとテレビ的には京大が決勝にいないといけない。今のリーグの順位を見る限り明治と京大が予選を行い、一橋対横国の予選が行われると予想できる。もしそうであれば、一橋の先発陣として可能性があるのはクウゴかアルパカさん。ただ一橋自体決勝に出る気満々であろうからアルパカさんは温存するだろう。となると先発はクウゴだな」という大胆な予想を立てるとともに対策を取りました。その当時一橋との戦績は2勝4敗(この2日前にリーグ戦で2立てを喰らう)で負け越しており、なんとしてでも勝ちたかった我々は賭けに出ました。その戦略の名はまさしく「初見殺し」。それまで対戦成績がほぼなかった横国の唯一の2年キャッパー左腕のsaiさんを先発に持ってくることできっとてこずるだろうと予測。saiさん自体蓋が蛇のようであり、経験あっても調整しづらい上にほとんど一橋との対戦がないことを踏まえ、先発に持ってきました。案の定二回を無失点で切り抜く素晴らしいピッチング。その後3回になって捕まりかけるも私に代わって1点取られるも2点先制していたので満塁のピンチになるもなんとか逃げ切り2ー1で勝利。6月の中では一番嬉しい勝利となった。その後トイレで一橋の選手と話すことがあり、試合を振り返ったが、「きっとHirooookiかコーヘイが先発すると思っていたから度肝を抜かれたよ」と言われ作戦成功したことがとても嬉しかった。 もちろん相手ピッチャーはクウゴでもあり、こちらも横国の采配がうまく現れた。 そして決勝。敗れた一橋の思いを背負って京大戦。先発は私。先ほども言った通り、2日前にリーグ戦を行ったばかりであり、その試合に関しては横国はこの大会に備えて前ピッチャーを1回以上投げさせないリリーフデーにしてたにもかかわらず、私が全身筋肉痛。(そのリーグ戦の後の交流会でアルパカさんがアンダースローで投げてるのをみて自分もやりたくなり結局投げまくった結果普段使わない筋力を使ってしまい筋肉痛)球が走らない中京大に確か2回に捕まりだいぶ失点を犯してしまう。ただ、この京大戦で一番言えることは私の投球内容が悪かったってこと以上に打撃内容が最悪でした。一橋戦も実はヒットゼロ本だったが、この大会通してヒットはゼロ本。ちょうどバッティングスランプに陥っていて、リーグ打率も.240間で下降していた。今思えば無理に左打席に立ってカッコつけて両打にしていたことが原因だったと片付けられるが、この試合も確かに2番打者でありながら一切打てず…結果点は取られて点を取れず。呆れた挙句に最終回自分の打席に回ってきた時に代打とみしんを投入。実際にそれで2ベースをうちここから自分の中では彼の打撃評価はうなぎ上がり。結果的に最終回3点を取り7-3で終わるも悔いが残りながら充実した試合(初の京大戦)が行えたことを鮮明に覚えている。表彰式の時にわっきゃいさんと並んでいて、話す機会があった時にわっきゃいさんから「やっぱ京大が一番強いな!」と言われ「まだうちは3ヶ月しか経ってませんから」と返したところ顔面寸止めの蹴りが返ってきたときの感動。TikTokでしかみたことなかったわっきゃいさんの蹴りが目の前で受けれてちっと涙がww 「まだ首も座ってないチームに負けるわけにはいかないしな」と最後に声をかけられ、これは負けられねーと思ってやる気がみなぎったのも覚えております。 なんやかんやで普通の平日火曜日の授業日。10人余りの横国の選手が授業を切りながら参加したドデカミン杯。準優勝で追われてモチベ爆発しましたね。 あの日を一言で表すと「ライジングに感動した日」とでも名付けましょう。(その当時関東でまともに試合でライジングを投げる選手はいなかったので、試合で実際に投げてくる人はわっきゃいさんがはじめてでした。) てな感じで6月は過ぎて行きました。ちなみに写真はこちら。 1枚目はゲストが来なくて来てもらうために各チーム代表で謎の儀式を行った際の写真。 (ルキヤさん写真提供ありがとうございます)
6月はこんなもんか!と思ったけど他にもこの裏に隠れて何個か出来事があったので羅列すると、
・横国キャップ野球チームSounds on Beach のロゴ完成 ・公認団体になるための顧問見つかる。 ・元祖豪腕ピッチャー浅田が現る(Twitter1500回再生)
とそれなりに大きい出来事もありました おそらくこの頃にはメンバーも55人になり、女子キャッパーも練習に参加するようになる。 新しくチーム作る人のためのブログと言いつつチーム語りになってて、申し訳ない。 あらもうこんな時間。10日間かけて書いたブログ、今はなんとクリスマスも終わって30ぷん…12月まで書くつもりがまだ6月。こんなの読む人がいるのか、と思いつつ昨日のクリスマス練習でも言ったが、「4年後卒業する時に自分たちの活動記録の一環としてこのブログの存在価値はある」。そう信じて私は終わりませんでしたが、6月までのチームの流れを書いて行きました。もう自己満…w 今年最後の5が付く日(申し訳ないがもう26…)のブログとなります。今年は皆様お世話になりました。 一橋初め、リーグの皆様、京大の方々、応援してくださった方々本当にありがとうございました。こんな雑な終わり方ですが、今年のブログはこれにて終了します! 来年は1/5これの続きをのっけようと思います。そのあとはまたローテーション考えながら2020年横国キャップ野球を盛り上げていこうと思います! それではみなさん良いお年を! Feliz navidad! Merry Christmas and a happy new year💫💫 By SoB代表Hirooooki
P.S.今年一番気に入った写真がこちらです。明治戦のクライマックスシリーズ前に動画班で動画編集合宿を行いそこで閃いた明治の倒し方。結果はどうだったか、次のブログで😉😉😉 Adiós amigos🤩🤩🤩🤩
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