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執筆者の写真キャップ野球チーム 横浜国立大学

一浪後期入学の受験期

どうもえのけんです。

ブログ→日記で思い出したんですけど、かの紀貫之が「男もすなる日記というものを女もしてみむとてするなり」なんて書いてましたね。あれって現代で言うネカマですよね。自らを隠し、言いたいことや、やりたいことをするなんてことは今も昔も変わらないのかもしれないですね。

さて本題という事で受験期の思い出というか体験談を書いてほしいと言われました。なぜ僕に対してこのテーマなのか、後期入学だからか、一年に学歴厨が多いのか、はたまた一浪だからか、イチローといえば今年オリックスが非常に善戦してますね。前回のながせが推しているロッテとは1.5ゲーム差離して1位。最後のAクラス(6チーム中3位以上)は2014年、しかも2年連続最下位からの優勝が手に届く位置。同じく前年最下位のヤクルトもこのまま優勝するなんてことになったら史上初じゃないですか?1995年、日本シリーズのイチロー擁すオリックスとヤクルトの再戦となったら面白いものです。

オリックスを見始めたのは2017年くらいからですかね、そのころ僕は高校三年生でした。進路については2年生あたりから、生まれてこの方ずっと神奈川で暮らし、なんとなく経営学部に行きたいという理由で、国立で経営学部のある横国(もう一つは神戸大)をこれまたなんとなく志望していました。しかし野球部であることを免罪符、もといただの言い訳にこれまで勉強はテスト前にしかしてこなかった人間に一年未満で横国に行けというのは無理な話です。高校のレベルを一応言っておくと、現役でマーチに行ったらまあまあ良し、早慶に行ったら凄い、というような感じです。神奈川の高校は本当のトップ層でないと国立に行く人はそうはいません、そこそこの私立が東京に多く集まっているので大体はそこを目指します。ということで自分もご多分に漏れず会計学科が強い中央大学を第一志望にしたわけでした。

しかし自分の怠惰な性格からは逃げられずどうにも勉強に身が入りません。高校受験を割と余裕で突破してしまったことが逆に枷となって、まあいけるでしょなんて思ってたら全落ちしました。まともに滑り止めも受けていなかったので自分のレベルすらわからないまま浪人生活を迎えたわけです。今となっては下手に受かって滑り止めの大学に行くよりは良かったわけですが、親に多大な迷惑をかけるのでよく考えましょう。

そして浪人生活が始まって心機一転、さあがんばるぞなんてことにはなりません。外からの要因が無い限り人が自ら変わるなんてことはそうそうないのです。なので勉強法とかどういうスケジュールで過ごしてたとか、特に話すことはないです。実際8時間以上勉強した日なんてないと思います、感覚としては現役で受かる人の勉強時間を自分は浪人の1年をかけて辿り着いた感じ。それよりは時間が無限にあるので勉強以外の事を色々考える良い機会になりました。

まあそれでもなんだかんだでセンター85%くらい取ってセンター利用でマーチも抑えて横国経営前期は2次試験もないしで、センター終わってからは全く勉強せず、まさに高みの見物で塾に行ってました。東京ドームにオープン戦を観に行ったりしてだらだら過ごしていたらなんと落ちてしまったんですね。まあ絶望という二文字以外に例えようがない、体の力が全て抜けるあの感覚。ちなみに後期試験は4日後です。まあ受かってたんですけどね。ちなみに滑り止めは現役時第一志望であった中央大学商学部会計学科でした。受かっても落ちてもわかる人にはわかる結果ってことでここらへんで終わりにしようと思います。


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